2026年7月14日、政府は人工知能基本計画の第II期を閣議決定しました。第I期は2025年12月23日ですから、半年での改定です。本文には、その半年でAIが対話の道具から、自ら計画し実行するエージェント型に変わったから、と書いてあります。計画は今後も毎年変える、とも明記されています(記事末尾の出典参照)。
政府の計画は、読まれないことが多い文書です。自分も、経営者の方に「あれ、うちに関係ありますか」と聞かれて、読み直しました。結論から言うと、関係あります。ただし、全部ではありません。21ページのうち、企業の経営に直接効くのは、補助と支援の窓口がどこに集まるか、国がAI人材をどう定義したか、人の責任をどう置くかという議論の3点です。この記事では、その3点を抜き出し、都市計画図のたとえで整理したうえで、自社の計画に写す3行にまとめます。
なお、AI法(人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律)そのものの説明は、以前の記事AI規制の現在地に譲ります。この記事は、法律ではなく計画の読み方です。
都市計画図にたとえると
国の基本計画は、都市計画図に似ています。どこに道路が通り、どこに上下水道が引かれ、どの区画が商業地になるかが描いてある。計画図を見ても、明日の売上は増えません。しかし、道路が通る予定の土地に倉庫を建てるか、通らない土地に建てるかで、5年後の物流費は変わります。
AI基本計画も同じです。読んでも今期の数字は変わりません。ただ、国がどこに予算と支援の道路を通そうとしているかは書いてあります。自社のAI案件を、道路が通る側に置くか、通らない側に置くか。それを決めるための図面として読む、というのがこの記事の立場です。
計画の骨格。半年で何が変わったか
まず骨格です。計画は4章立てで、第1章が基本構想、第2章が4つの原則と4つの方針、第3章が具体的な施策、第4章が推進体制です。
第I期との違いは、第1章に集約されています。エージェント型AIの急速な伸長、という見出しがあり、AIが自ら計画を立て、実行、検証、修正を繰り返す存在になったことが、改定の理由として書かれています。そして日本の勝ち筋として、現場の暗黙知をデータにして領域ごとに特化させるバーティカルAIと、それを機械や装置で現実世界に実行するフィジカルAIの2つを挙げています。
4つの原則のうち、企業に関係が深いのは2つです。一つは「挑戦と学習」で、まずやってみる、という精神を組織にも求めています。もう一つは「アジャイルな対応」で、計画自体を永遠のβ版と位置づけ、毎年変えると宣言しています。国の計画が毎年変わるということは、企業側も、国の支援策を一度調べて終わりにせず、追い続ける担当が要る、ということです。
経営に効く3点
1. 補助と支援の窓口は「地域AX」に集まる
第3章の第1節に、中堅・中小企業向けの具体策があります。大規模成長投資補助金やデジタル化・AI導入補助金を軸にAI導入を支援すること、中小企業の支援機関(商工会議所や地域の支援センターなど)のAI支援レベルを底上げすること、地域ごとの伴走支援のネットワークを作ること。担当は総務省と経済産業省で、これらをまとめて「地域AX」と呼んでいます。
もう一つ、領域別の集中投資という項目があります。市場性、公共性、戦略性の観点から領域を選び、官民で集中投資してバーティカルAIの実装を進める、という記述で、担当は内閣府と関係省庁です。製造業の素材や造船など、暗黙知が豊富な現場が例に挙がっています。
つまり、自社のAI案件は、中堅・中小の導入支援(地域AX)に当たるのか、領域別の集中投資(バーティカルAI)に当たるのか、それともデータ連携基盤の整備に当たるのかで、窓口が違います。案件を先に仕分けてから申請先を探すほうが、順番として早い。
なお、経済産業省は8月5日付で、AIとロボットの政策を一つの課に集約する組織改正を行ったと報じられています。計画の実行体制が、省の側でも変わり始めているようです。
2. AI人材は5つに分けられた
第3章の第4節に、AI人材の人材像が5つ整理されています。脚注に書かれた分類を、そのまま引きます。
| 類型 | 計画の定義(要約) | 会社で言えば |
|---|---|---|
| AI適正活用人材 | 最低限のリテラシーを身につけ、適正にAIを使える。全国民が目指す | 全社員 |
| AI研究開発人材 | AIの研究開発に係る研究者や技術者 | 自社では多くの場合、外部 |
| AI実装人材 | 汎用のAIソリューションでなく、現場に適合したAIを提供する。産業や行政の現場とAIの双方を理解する | 事業部門とIT部門の間に立つ人 |
| AIガバナンス人材 | 安全・安心で信頼できるAIを開発・活用するルールや仕組みを整備・運用する | 法務、情報セキュリティ、内部監査 |
| AIイノベーション人材 | AIを利活用して経済・社会構造の変革や付加価値の創出を行う | 新規事業、経営企画 |
この表が役に立つのは、社内の育成計画を書くときです。多くの会社の計画は、全社員向けの研修(適正活用人材)と、一部の技術者向け(研究開発人材)の2段しかありません。国の分類には、その間に実装人材とガバナンス人材があります。自分の経験では、AIの導入が止まる会社は、この中間の2つが空いています。現場とAIの両方が分かる人がいない。ルールを作って運用する人がいない。国の分類に合わせて自社の育成計画を5段に書き直すと、空いている段が見えます。
3. 人の責任の置き方は、3つの言葉で議論されている
同じ第4節に、人とAIの役割分担について、現在議論されている考え方として3つの言葉が脚注に挙げられています。
- Human in the loop:人がAIのタスク実行の流れに直接関与する
- Human on the loop:タスク実行はAIに任せつつ、全体設計や監視は人が担う
- Human in the lead:AIをツールとして統制し、人が意思決定や価値創出の主導権を握る
計画は、どれが正しいとは言っていません。議論中だと書いています。ただ、企業がAIの社内規程を書くとき、この3つの言葉は使えます。業務ごとに、この業務はin the loop(人が一件ずつ確認する)、この業務はon the loop(AIに任せて人は監視する)と決めておくと、責任の所在が文章になります。国が使っている言葉で書いておけば、後で監査や取引先に説明するときも、説明が短く済みます。
読んでおくとよい、その他の記述
3点の外にも、経営に関係する記述がいくつかあります。一覧にします。
| 記述 | 場所 | 会社への影響 |
|---|---|---|
| 個人情報保護法の改正(統計作成等でAI開発のみに使う場合の同意不要の特例、課徴金の創設)の円滑な施行に向けた下位法令の整備 | 第3章第1節 | 施行前に特例を先取りしない。課徴金は経営リスク |
| 営業秘密等の機微情報の国外流出リスクへの対応を含む、データ連携基盤の構築 | 第3章第1節 | データを外に出す構成の判断に、国の方向性として使える |
| 高性能AIを活用した脆弱性点検、重要インフラ事業者への注意喚起(Project YATA-Shield) | 第3章第3節 | 重要インフラや金融に近い業種は、要求事項が先に来る |
| 生成AIによる知的財産権侵害への相談体制、声の無断利用に関する指針 | 第3章第4節 | 8月のプリンシプル・コードと法務省の指針につながる |
| AI利活用で権利侵害や損害が生じた場合の責任分界の継続検討 | 第3章第4節 | 契約の責任条項は、国の整理を待たず自社で決める必要がある |
| 中堅・中小企業のDX・AI利活用の取組状況の可視化 | 第3章第4節 | 自社の取組が、国の統計や比較の対象になる |
数字も一つだけ引いておきます。計画の脚注によれば、2026年6月24日の経済財政諮問会議の資料では、AIの導入ペースが加速した場合に日本の全要素生産性の上昇率が0.2ポイント上がると見込まれているそうです。また、バーティカルAI、フィジカルAI、半導体に関する官民投資額は、2040年度までにそれぞれ23.1兆円、10.5兆円、68.0兆円を想定する、と書かれています。数字の当否はここでは論じません。国がこの規模で道路を引くつもりだ、ということだけ押さえておけば足ります。
経営が決めること。3行で足ります
計画を読んだあとに、社内で決めることは3つです。
- 自社のAI案件を、国の枠で仕分ける。中堅・中小の導入支援(地域AX、経産省・総務省)、領域別の集中投資(バーティカルAI、内閣府)、データ連携基盤、のどれに当たるかを先に決める。申請先は、そのあとで探す。
- 人材の育成計画を、国の5類型で書き直す。特に、AI実装人材とAIガバナンス人材の段が自社に何人いるかを数える。いなければ、育てるか、外から呼ぶかを決める。
- 人の責任の置き方を、業務ごとに明文化する。in the loop、on the loop、in the lead の3つの言葉で、業務ごとに人がどこに立つかを書く。国が使う言葉で書いておくと、後の説明が短くなる。
3行のうち、いちばん効くのは2です。補助金は取れても取れなくても事業は続きますが、実装人材とガバナンス人材がいない会社は、補助金を取っても止まります。
結び
国の計画は、道路を引く側の図面です。読んだ人が全員、道路の側に倉庫を建てるわけではありません。ただ、図面を見ずに建てた倉庫は、道路が通ってから移すことになります。
半年で改定され、毎年変わる図面なので、一度読んで終わりにせず、追う担当を一人決めておいてください。それが、この記事でいちばん伝えたいことです。
出典(一次情報)
この記事の計画の内容に関する記述は、以下の公開文書にもとづいています(いずれも2026年9月9日時点)。
- 人工知能基本計画(第II期)の本文。閣議決定日、第I期からの改定理由(エージェント型AI)、4つの原則、バーティカルAIとフィジカルAI、地域AXと補助金、領域別集中投資、データ連携基盤、個人情報保護法改正の施行準備、Project YATA-Shield、AI人材の5類型(脚注8)、Human in the loop 等の3つの考え方(脚注9)、責任分界の検討、毎年の変更、全要素生産性と官民投資額(脚注4):
人工知能基本計画 ~日本AX、より強く、より豊かに~ ― 令和8年7月14日 閣議決定(内閣府) - 計画の掲載ページ(本文と概要、英語版):
人工知能基本計画 ― 内閣府 科学技術・イノベーション - 経済産業省がAIとロボットの政策を一つの課に集約する組織改正を行ったこと(2026年8月5日、報道):
経済産業省、AIとロボット政策を一元化する新組織を設置へ ― 事業構想オンライン(2026年8月)
上記は2026年9月9日時点の公開情報です。計画は毎年変更されると本文に明記されており、補助金の要件は年度ごとに変わります。申請の判断は、必ず各府省庁の最新の公募情報をご確認ください。