2026年8月10日、AnthropicはAIアシスタントClaudeが生成する文章に、人の目には見えないが機械には読み取れる透かしを入れると発表しました。EUのAI法(AI Act)の透明性義務に合わせた対応ですが、公式のヘルプページには、Claudeを提供している地域すべてで適用すると書かれています。日本も入ります。利用者側で外す設定は、少なくとも公式ページには見当たりません(記事末尾の出典参照)。

つまりこういうことです。あなたの会社が今日Claudeで下書きしたプレスリリースや公開レポートは、しかるべき機関が調べれば、AIが関与した文章だと判定され得るようになりました。

先に結論を書きます。透かしそのものは、それほど怖いものではありません。誰が使ったか、どの会社が使ったかは、透かしからは分からないと公式に明記されています。怖いのは、透かしではなく、方針がないまま指摘されることです。「この文章、AIで書きましたか」と取引先や記者に聞かれたとき、答えが社内で決まっているかどうか。この記事では、透かしで何が分かって何が分からないかを整理したうえで、経営が先に決めておく3行を示します。

この記事の要点:Claudeの出力する文章には、2026年8月2日以降に出たモデルから、機械で読み取れる透かしが入る。日本も対象。透かしから分かるのはClaudeが関与した確率だけで、誰が使ったかは分からない。今すぐ検知できるのはEUの規制当局やメディア、研究機関などに限られる。経営が決めるのは、社外文書の区分ごとのAI利用の開示方針、責任の置き場所、そして透かしを消そうとしないこと

透かしの仕組み。代筆者の癖にたとえると

言葉をそろえておきます。ここでいう透かしは、文章そのものに仕込まれた、言葉の選び方の偏りです。紙幣のように光に当てて見る模様とは別物です。

文章を書くとき、どちらの言葉でもよい場面が何度もあります。「今日は寒くて、曇っていた」と書くか「今日は寒くて、灰色の空だった」と書くか。意味は変わりません。Claudeはふだん、こうした場面でサイコロを振って片方を選んでいます。透かしを入れるときは、このサイコロを、秘密の鍵で作った決まった表に置き換えます。Anthropic自身の説明では、サイコロの代わりに円周率の数字表を使うようなものだ、とたとえられています。

代筆者にたとえると分かりやすい。腕のいい代筆者は、どちらでもよい言い回しで、必ず決まった側を選ぶ癖を持っている。読む側は気づきません。文章の質も変わりません。ただし、その癖の一覧表を持っている人だけは、ある程度の長さを読めば、これはあの代筆者が書いた確率が高い、と言える。Claudeの透かしは、この癖の一覧表を秘密の鍵にしたものです。

公式の説明によれば、透かしを入れても出力の質、速さ、料金は変わらないそうです。Google DeepMindが2024年に発表した方式(SynthID-Text)をもとにしているとのことで、Anthropicによれば、DeepMindの検証でも品質の差は出なかったそうです。

何が分かり、何が分からないか

ここが経営判断に効く部分なので、表にします。いずれもAnthropicの公式ページの記述にもとづきます。表の記号は、=できる、=限定的、×=できない、の意味です。

問い答え
Claudeが書いたと判定できるか 十分な長さがあれば、関与した確率が出せる
誰が使ったか、どの会社かが分かるか× 分からない。個人や組織、会話を特定する情報は含まないと公式に明記
文章のどの部分がAIかが分かるか× 分からない。文章全体への信号
人が書いた文章をClaudeに校正させたら付くか 透かしはClaudeが選んだ言葉にだけ付く。軽い校正ならほぼ付かず、大きく書き直させれば付く
翻訳させたら付くか 訳文の言葉はClaudeが選んでいるので付き得る
短い文章に付くか× 短いと信号が足りず、判定できない
人が大きく書き換えたら残るか 残らない場合がある。逆に、コピーして別の文書に貼っただけなら残る
8月2日より前のモデルの出力に付くか× 現時点では付かない。経過措置の間に対応を進めるとしている
判定は決定的な証拠になるか× 公式が、関与を示す信号であって決定的ではないと明記

出典はいずれも記事末尾のAnthropic公式ページ(2026年8月23日時点)。

表を一言でまとめると、透かしはClaudeが関わったらしい、までは言えるが、あなたの会社が、この段落を、とまでは言えない、ということです。

誰が判定できるのか。今日の時点では限られている

もう一つ、押さえておく事実があります。透かしを読み取る仕組み(検知API)は、公式ページによれば、いまはEUの規制当局、法執行機関、メディア、ファクトチェック機関、独立した研究者、教育機関などの適格組織に限定して提供されています。将来は広げる予定とも書かれています。

したがって、取引先の一般企業が、受け取った提案書を明日から機械にかける、という状況ではありません。今日の時点で判定できる相手は、記者と研究者と当局です。裏を返すと、最初に影響が出るのは、プレスリリース、公開レポート、寄稿、意見書のように、メディアと研究者の目に触れる文章です。取引先向けの提案書や契約書は、その次です。

ただし、限られているのは今日の話です。検知の対象が広がっても、影響の順番は変わりません。変わるのは、広がる速さだけです。

他社はどうか。日本の法律はどうか

他社の状況は、報道と公開ページの範囲で書きます。Googleは自社のGeminiで同じ方式の透かしをすでに使っており、記者向けの検知ツールの早期提供を始めているそうです。OpenAIはEUの行動規範に署名したと報じられていますが、文章への透かしを始めたという公式の発表は、執筆時点では見つけられませんでした。画像と音声には来歴情報を付けているようです。

つまり執筆時点では、Claudeで書いた文章は判定され得て、ChatGPTで書いた文章は判定されにくい、という不均衡があります。この不均衡を理由にツールを乗り換えるのは、自分は勧めません。EUの行動規範には約190の企業と団体が署名しており、文章への透かしは規範が求める中身そのものです。順番に追いつくと見るのが自然です。

日本の法律に、AI生成の文章への表示義務は、執筆時点で見当たりません。経済産業省と総務省のAI事業者ガイドラインは任意の指針です。義務はないのに、印だけは付く。日本企業は当面、この状態に置かれます。

経営が決めること。3行で足ります

透かしは技術の話に見えますが、決めるのは広報と法務と経営です。技術部門に任せると、透かしを外す方法の調査が始まり、方針は決まりません。先に経営が決めて渡す必要があります。

  1. 社外に出す文書の区分ごとに、AI利用の開示方針を決める。プレスリリース、公開レポート、寄稿、提案書、契約書。区分ごとに、開示する、開示しない、聞かれたら答える、の三択から選ぶ。最初は、メディアの目に触れる文書だけ決めれば足りる。
  2. 文章の責任は、AIの関与にかかわらず、社名で出した人に置くと明文化する。透かしはこの原則を何も変えない。「AIが書いたので」という言い訳を、最初から封じておく。
  3. 透かしを消そうとしない。社員を取り締まるための検知ツールも買わない。消す努力は、隠したい意図があると見なされる。公式の検知は適格組織に限られており、市販のAI判定ツールは透かしを読むものではなく、文体から推測する別物で、誤判定の話をよく聞く。

この3行のうち、いちばん重いのは1です。開示するかどうかは、会社の姿勢そのものだからです。自分なら、公開レポートと寄稿は「AIを下書きに使い、内容は署名者が責任を持つ」と開示する側に置きます。理由は単純で、後から判定されて説明するより、先に言っておくほうが安い。

受け取る側にも同じことが起きる

ここまで出す側の話でしたが、受け取る側にも同じことが起きます。ベンダーからの納品レポート、採用の応募書類、外部ライターの寄稿。検知の対象が広がれば、これらもAI関与の有無を問えるようになります。

ただし、表の最後の行を思い出してください。透かしは信号であって、証拠ではないと公式が明記しています。AIが関与したこと自体を問題にするのか、それとも内容の責任を誰が負うかを問題にするのか。自分は後者だと考えます。納品物にAIが使われていても、内容が正しく、責任者が署名していれば、問うことは何もない。逆に、AIを使っていなくても、内容が間違っていれば問題です。透かしは、この当たり前を確認する道具でしかありません。

透かしで変わったのは、AI利用が見つかるかどうかの問題が、AI利用をどう説明するかの問題に置き換わったことです。説明が決まっている会社は、判定されても困りません。決まっていない会社は、判定される前から困っています。

3行を決めるのに、技術の理解は要りません。今週の経営会議で決められます。

出典(一次情報)

この記事のAnthropicと各社の製品に関する記述は、以下の公開情報にもとづいています(いずれも2026年8月23日時点)。

上記は2026年8月23日時点の公開情報です。透かしの対象モデルや検知の提供先は変わることがあります。方針を決める際は、最新の公式情報をご確認ください。